あがり症克服のSEIWA話し方教室

話し方教室画像

あがり症について


ホーム開設教室講座内容入会・見学WEB教室あがり症を治すには

3. 変 化 へ の 道




学年代表となり

M子さんは下の息子さんが小学一年生の時、PTAの学年委員を引き受けることになったのですが、運良くくじ引きで学年代表になったのです。この学年代表の役員になったことがその後のM子さんの生き方を大きく変えることになりました。M子さんは大変なあがり症で、人前での話などとても苦手だと思っていたのです。全校での役員会のあと、学年での役員会で報告するとき、下を向いて小さな声でしか話せないM子さんに、他の役員さんから「聞こえません」と言われてパニックになったほどでした。

  意を決して私どもの教室へ参加されました。その後、9月に一学年の学年競技会が行われ、生徒や父兄、先生合わせて200名ほどの前で学年代表としての挨拶をしなければなりません。その場に至るまでのM子さんの心痛は大変なものでした。でも見事にやりとげたのです。一つの大きな山を越えたのです。その後、人前で話す機会が次第に増え、苦手が次第に克服されていきました。

  職場では毎朝のミーティングにマイクを持って説明をするという役職を与えられ、さらには少年野球チームの父母会会長に推されその責任をまっとうしてきました。

50代で話し方教室へ

S子さんは小さい頃から人の目が恐いと思いながら大人になってきました。五十代になって初めて話し方教室へ参加されたのですが、初めは自己紹介で自分の名前を言うのがやっとで、あとは泣けて何も言うことが出来なかったほどです。5年ほどの歳月がかかりましたが、どうにか人前で話せるようになってきたのです。

  思い切って傾聴のボランティアに参加することにしました。これがS子さんの生き方を大きく変えることになりました。ある時、20人位の会合の司会をすることになりました。教室で何回か司会の練習をし、無事役めを果たすことができました。その時の体験が認められ、次には大きな120名の講演会での司会をまかされたのです。なんとかなるものです。これも無事役目を果たしました。そうした実績が買われ今では会長の役までこなしています。それにとどまらず、以前働いていた会社から傾聴の講義をしてくれと依頼まできました。S子さんは「私の人生が変わった」と話しています。

PTA会長

Eさんはあがり症を治したいため若い頃催眠治療までしたのですが、結果が出ずずっとつらい思いをしてきました。子どもさんが入学した私立の小学校では「何でもお手伝いはするけど、人前で話す役だけは勘弁してください」とそういう役だけは避けていました。その頃に私どもの教室に参加されました。

  昨年新年会の乾杯の挨拶を頼まれ、このくらいならとその役をこなしました。次に学校見学に来る父母のための説明会で話してくれるよう依頼されたのです。初めは固辞したのですが結局引き受けたのです。講堂の演台で校長先生の次に10分の持ち時間で話ました。大変好評だったそうです。それから数ヶ月、今度はPTAの会長をやってほしいと学校から依頼がきました。Eさんは今「95%断るつもりだ」と言っていますが、さてどうされますか?

  ※忙しい家業の傍ら一大決心をされRTA会長を引き受けられました。彼女の背中を押したのは『乗り越えられない壁はない』という宇宙飛行士山崎直子さんの言葉です。
以上3名の方の変わり行く過程を書きましたが、3名とも初めに来た役を勇気を出して引き受けたことが、その後の変化、成長への道を辿るきっかけとなっています。人を変えるのはまず与えられたものを受けることから始まります。来るものは全て受けるべきかどうかは一概には言えませんが、自分のやるべき道に即したものなら断るべきではありません。

  人生は目の前に与えられたことに全力で当たっていると、それをまわりの者が認め、次第により大きな役割がこなせるようになって行き、気がついたときにはかなりの変化と成長のポジションに到達しているものだということを、この3人は証明しています。

あがり症の心へ  成功体験が必要へ

お問い合わせ ・ 見学希望 ・ 入会金 月謝 ・ 開設教室 / 埼玉 話し方教室

(株)SEIWA話し方教室

Copyright (C) SEIWA Kawakami All Rights Reserved  2010 1 31